探索日:2008年8月9日

探索日(2回目):2014年8月14日

2021年12月の様子

石見街道に設置された一里塚です。

江戸時代、石見街道は広島と浜田を結ぶ重要路でした。

後述する,「しるべ石」から石見街道に分かれて,最初の一里塚です。

上記「2021年12月の様子」で撮影した日は全国的に寒波に襲われた日で,お堂の屋根に雪が積もってます。

石碑の後ろに植えてあった,松がなくなっていました。

ありし日の地蔵河原一里塚

出典:日本の街道6 夢誘う山陽山陰 集英社

切り株が残っている一里塚跡は,広島県の「下素麺屋一里塚跡」「山家一里塚跡」,島根県の「出西・伊波野一里塚跡」があります。切り株が残っているだけでも,趣が違います。

場所

芸藩通史

国立公文書館所蔵
国立公文書館所蔵

となりの「下野屋村」に「地蔵河原」の地名がみられます。

近隣の史跡

・しるべ石

出雲街道と石見街道の分かれ道に置かれていた自然石の石です。

街道の歴史を見守り続けています。

場所

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